Newton, I (1643.1.4-1727.3.31)
 イギリスの物理学者,天文学者,数学者。ウールズソープ (Woolsthorpe;グランサムGrantham付近)の農家に生れ,グランサムのキングズ・スクール (1654-58; 60-61)を経て,ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに学び (61-64),ルーカス (Rucas)数学講座初代教授職 (I.)バローに師事し,のちケンブリッジ大学教授となる (69)。数学に関しては,早くも無限級数を研究して二項定理を樹立し (64),流分法 (Methodus fluxiorum)の思想を求積や接線の問題に応用し (65),その成果を論文'De analysi per aequationes numero terminorum infinitas', 1669で発表した。流分法の独立の展開(微積分)は,主著『自然哲学の数学的原理』Philosophiae naturalis principia mathematica, 1687でその概念を示し,のちThe Method of Fluxions and Infinite Series, 1736中に,数字方程式の近似解法,内挿法等と共に収められた。また方程式論等の代数学上の諸業績はArithmetica universalis sive de compositione et resolutione arithmetica liber, 1707として刊行された。また上記のPhilosophiae naturalis etc.で理論物理学の基礎をも築いた。化学に関しても深い関心をもち,化学現象を微粒子間の短距離にはたらく引力で規定されると解した。光学上の実験的研究も早くから (61来)始め,間もなく分光現象に関する主要な成果を得たらしく (65),これにより色収差や薄板の干渉色の説明を得たので,その観点から反射望遠鏡を製作した。光学研究の成果を逐次発表して (72-76),光の波動説に関心を示しつつも,遂にその粒子説に傾いた。これらの諸成果は,主著Optics or a Treatise of the Reflections, Refractions, Inflections and Colours of Light, 1704に収められている。彼の引力説は,月の公転の研究に発し (66),長い研究の結果,遂にその説明に成功した (85)。微積分法創始の先後に関して,ライプニッツとの間に長期にわたる論争が展開された (1699来)。そのほか神学の研究にも力を注ぎ,理神論者に算えられている。後年王立造幣局検査官に任じ (96),ついでその長官となり (99),終生在官した。王立協会会長となる (1703-27)。終生結婚せず,ケンジントンに没,ウェストミンスター教会に葬られた。[主著]前記のほか:Analysis per quantitatum series, fluxiones et differentias cum enumeratione linearum tertii ordinis, 1711.[全集]5巻,1779-85.[文献]De Morgan, Essays on the Life and Work of Newton, 21914; D. Brewster, Sir I. N's Leben nebst einer Darstellung seiner Entdeckungen, 1833.(岩)


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