イギリスの哲学者。教師の子に生れ,病身のため家庭で教育をうけて鉄道技師となり (1837-45),のち研究および著作活動に専心し,『エコノミスト』誌の編集に従事した (48-53)。大学や学会から幾度か称号がおくられようとしたが,彼はいつも辞退したという。彼の体系は,全自然の進化という観点にたつ「進化哲学」であり,基本思想はダーウィン説の普及と相俟って諸外国にも大きな影響をあたえた。科学の諸領域にわたるこの進化原理の綜合的な展開即ち「綜合哲学」は一応発表され (60),のち異常な努力により『第一原理』First principles, 1862,『生物学原理』Principles of biology, 2 vols., 1864-67,『社会学原理』Principles of sociology, 3 vols., 1876-96,『倫理学原理』Principles of ethics, 2 vols., 1879-92として完成 (96)。彼によれば,思惟にとっての最後のものは「不可知なもの」または「力」であり,これが物質的,精神的な諸形態に現れ,この発現生成の過程は可知的であり,世界過程は無連関な状態から連関的な状態への結集であると同時に,同質的な状態から異質的な状態への分化である。生物学では自然淘汰,獲得形質の遺伝を支持し,心理学では意識の進化過程を説き,社会学では社会有機体説を主張し,倫理学では進化の立場からの功利主義を認めた。[主著]前記のほか:Social statics, 1850; Essays, 3 vols., 1858-85; Education, 1861.(岩)